忍者ブログ
ばく の音楽活動と日常を綴るブログ since August,2003
振り返ればこの一年、
ずっと思い悩んでいたのがこの仕事。



生前母が集め愛した着物の整理。
桐箪笥ふた棹にぎっしり収められた
正装、お洒落着、普段着、帯、小物…。

市に処分を依頼すればただの資源ごみ・・・。

散々迷った末に、ネットで調べた
買取り業者に引き取ってもらうことにした。
ハナから期待はしていなかったものの、
想像通り、、いや想像以下の、
ひと山ウン千円、の世界。
まぁ、気に入ってくれた方に袖を通して
いただければ、着物も母の気持ちも
浮かばれようというもの。
それでも、、引き取ってくれたのは
比較的に価値のありそうな計17枚のみ。
まだ相当数が箪笥には残ったまま。
仏壇の中のお袋に、
やれることはやったよね? と、
お許しを請いながら、
これからは端切れとして再利用してくれる方に譲ったり、
可能であればフリマ等での販売も視野に
処分させてもらうつもり。

なにやら大仕事を終えた気分。




袖を通してナンボ、、
弾いてあげてナンボ、、
モノへの執着。
いろいろ考えさせてくれた遺品整理。











PR


このところ時間があれば家財や私物の整理に
精を出している。
まるでタイムカプセルのよう。
で、出てきたのが写真のブツ。
高校時代の自分が美術の授業で描いたデッサン。




これは小中学校の卒業文集。
ま、例によって僕の「将来の夢」的な文章も載っていたりする。

この他に、写真には撮らなかったが、
当時、ごく内輪で出版していた「同人誌」(?)が数冊。
もちろん自分の作品も載っているわけで、、
もう恥ずかしいったらない。
ほんの数行読んで、やめた。
恥ずかしすぎて読めたもんじゃない。

あの頃の自分、、浮かれてるんだよなぁ。
どうかしていたとしか思えない・・・。

当時の自分には悪いけど、
同人誌については廃棄処分とし、
あの頃の自分とは決別させてもらう、、
、、
のだ。











夜明け前の雷雨、、。
雷鳴に不安は覚えたものの
眠気に勝るほどではなく・・(笑)




都内に入ったころは、すっきりと晴れあがり
明け方の荒天がウソのよう。

母校の前を通り過ぎた。
この坂を下りきった大通りを歩くことはしばしばあっても、
正門前を歩くのは、実に久しぶりのこと。
僕が卒業後に改築しているので、これでも"新校舎"のはずなのだが、
それさえも、近隣ビルの中にあっては、いささか古びた印象。

僕が、ギターを弾き始めたのが高校3年生の頃。
つまり、この学校での出来事。
受験期であるにも関わらず、
友人に半強制的にギターを覚えさせられた。
70年代半ば、
あれから、、40年以上が足ったことになる。

放課後の教室。
フォーク好きの男女が集まっては、歌っていたっけ。
あの頃の共学校ではよく見られた光景のはず。
で、そんな仲間の中からカップルもできたり、、。
もちろん僕の帰り道は、いつだって、
ギターを教えてくれた男友達・・・。

ま、、感謝はしてるがね。













母校(小学校)の正門のすぐ脇にある店。
随分と前からシャッターが閉まったきりだが、
かつては模型屋だった。
下校時ともなれば、何人もの男子生徒が
店のショーウインドウ前で立ち止まってみたり、
店内で物色したり、、。
もちろん僕もそんな少年のひとり。
何故か人体模型が欲しくて、ショーウィンドウ前に
立ち止まることがしばしば。
サンダーバード2号の模型を買ったのはここ。
モデルガンのワルサーPPKは、親の許しを貰えずに諦めたっけ。
店の旦那、奥さんの顔、今でも良ぉく憶えている。
もうここには住んでなさそう・・・。
たしか、僕の一学年下の息子さんがいたはず。
どこかで、元気にお暮しなのだろうか。

あの頃は、
子供がうじゃうじゃしていたのになぁ。


















探し物があって、机の引き出しの中を探っていたところ
こんなんが出てきました(笑)
別にコレクター的な癖はないのですが、自分の出かけた
コンサートの半券を捨てられずにいた、という。
(探せばさらに出てくるはず・・・)

いずれも80年代前半のコンサートかなと思うけど、
いわゆるジャンルに脈絡がないようで、、
逆にそのあたりが、今の自分の志向と合致します。

サイモン&ガーファンクルの後楽園コンサートなんて、
伝説の初来日コンサートだものね。
その少し前に開かれたニューヨークセントラルパークでの
コンサートとバックメンバーが一緒で、
スティーブ・ガッドやリチャード・ティーも居たんだけど、
全然ピンと来なかったのを覚えてます。
(当時フュージョン系ミュージックは好きで聴いていたけど、
S&Gとのマッチングは好きじゃなかったのです)

「サウンドオブサイレンス」のラストのギターの余韻は
感動的だったけど。

ま、それぞれのコンサートに思い出はありますが、
過去を振り返っても、、ね?

というわけで、、

これらの半券、
そっと元の場所に戻しておくのでした。








とあるキーワードで色々検索していたところ、
どういうわけか昔の田園調布あたり、
そしてそこいらに下宿していたらしい
当時の若者の動画に行き着いてしまった。

1979年撮影とあるので、動画に登場する若者らは、
僕よりほんの少し下かと思うけれど、ほぼ同世代。
そこに映し出された「空気感」は、まさに僕らの
大学時代の空気そのもの。
タバコを咥えて登場する若者は、
まるであの頃の友人らを見ているみたいだ。
経済的に余裕があったかどうかは知らないけれど、
中には車で通学しているヤツも何人かいたよな。
僕とは違って、下宿組の持つ"匂い"が
ここには映りこんでいる。

なんか、、
無駄に元気で、
無駄に陽気に見えてくる。
きっと僕らもこんなだったに違いない。

この頃の田園調布駅って、雰囲気ある。
近頃は、どこの東急沿線も似たり寄ったりで
なんの趣もなし。



プチ感傷。






写真はサムネイル表示してあります。
クリックするとかなりサイズ大きいので要注意。


たまたま職場近くの銭湯の前を通ったら
解体作業が始まったばかりのところ。
中のほうで作業員の声がしたけれど、
ついパチリとやらせてもらった。

銭湯内の壁画は、お決まりの富士山ではなくて、
国籍不明のリゾート地風。
洗い場の奥には、サウナがあったらしい。
向かって左側が女湯。
右側が男湯。
どうしてそうかは、写真をクリック。

この銭湯に入ったことはないのだが、
他人の話では、店主が身体を壊して一時休業。
そのまま復活することなく閉店、解体。

僕が子供の頃は、
このあたりの、、そぉ半径500mぐらいの範囲でも
7-8軒の銭湯はあったことを思えば、
時代の流れとはいえ隔世の感。
そんな思いもあって、しばし店内を眺めてしまった。

まだ家に風呂がない頃、
銭湯がクラスメートとの遊び場だったこともある。
浴槽のへりに腰掛けて、
ちょっと気になるクラスの女子の噂話に
花を咲かせたり、
五月みどりがキレイだとか、、
二木てるみがかわいいとか、、
ませた事を言ってたっけ。

脱衣場の壁には、
駅近くの映画館の3本立て上映のポスターが貼ってあって、
「若大将」「ゴジラ」「座頭市」「007」、、
そんな文字を見ては胸躍らせていた。
時には18禁のポスターもあったりして、
何故だかわからないくせに、
『子供の知らなくてもいい世界なんだよな・・』と
自分を納得させていた。

夏場は、でっかい扇風機の前を
どこかの爺さんがスッポンポンで占領してるんだ。

親父と行った夜は、
フルーツ牛乳をねだって飲ませてもらった。
マッサージチェアにも、
ほんの少しの時間だけ座らせてもらった。

あ、、
なんだかすっかり「3丁目の夕日」な気分に
浸ってしまったぞ・・・。



COUNTER
CURRENT TIME
CALENDAR
07 2019/08 09
S M T W T F S
1 3
4 5 6 7 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
PROFILE
HN:
ば く ( BAKU )
HP:
性別:
男性
自己紹介:
Man of middle age
Singer;Song writer;Guitar player
東京都出身・O型・魚座
1995年3月:音楽活動再開
1998年4月:フォークデュオ「漠人」結成
1998年9月:アコースティックホップス
     「BAKUJIN」活動開始
2004年: ソロ活動開始
2009年: ジャズ&ポップスユニット
     「Fu's all time」活動開始
バンド活動であったり、
ギター弾き語りストであったり、
サポートギタリストであったり。
RECENT TRACKBACK
QR
ENTRY ARCHIVE
アクセス解析
SEARCH
忍者ブログ [PR]
"ば く ( BAKU )" WROTE ALL ARTICLES.
PRODUCED BY SHINOBI.JP @ SAMURAI FACTORY INC.